久々支離滅裂嘘日記

二日連続、家に帰ると消したはずのトイレの電気が点いていた。
「昨日の夜消したのに何故?」
自問する。
いつ点けたのか。
昨日も今日も、朝はトイレに入っていない。夜消したら、その後点ける理由がない。
一度出かけたら夜まで戻ってこない。
そして夜、寝る前に全ての電気を消している。

そこまで確認して、可能性は一つしかないことに気付く。
自分が点けたのでないならば、朝家を出てから返ってくるまでの間に、「誰か」が点けたのだ、と。

ケース1

「やぁ、また来たね」
家に帰ると、一度も見たことがない、それでいて見覚えのある男が迎えてくれた。
「元気? 元気って尋ねるのもおかしいか。君がここに来ている以上、君が元気なわけがないんだから」
何を言っているのかわからなかったが、襲いかかってくる風でもなかったので、とりあえず様子を見ることにする。
「君はなぜここに来たかわかってる? いや、その様子だとわかっていないね。いつも君はそうやって忘れるんだ。それとも忘れたふりをしているだけなのかな?」
「何を言っているのかわからない」
トイレの電気を点けていたのはこの男だろうということはわかったが、男が何を言っているのかわからなかった。
「わからない? それともわからないふり?」
「わからないよ」
「まぁそうだろうね。それがわかっていたら君はここにいない。君は『ふり』をしているだけなのかどうかすらわからない。だからここに来た。僕からの答えを求めてね。」
ここは自分の家で、ただ帰宅しただけなのだが、言われてみればそんな気もする。僕は何もわかっていない。わかっていないのかどうかすらもわからなくなっている。
「僕は君の問いに答える。僕が知っていることならそれを伝えるし、僕が知らないことなら知らないと答えるよ。だから何でも聞いてくれて構わない。さぁ早く。時間は無限じゃないんだぜ?」
何を言っているかわからなくとも、男が質問を求めていることはわかった。
だから僕は聞いてみた。
「時々――時々、意味もなく悲しくなることがあるんだ。それがなぜかわからない」
自分でもなぜこんなことを聞いたのか不思議だが、それはひどく自然なことのような気がした。
「丁度今日みたいに?」
「かもしれない」
男は満足げに頷き、まるで僕の質問を予想していたかのように、すぐに喋りはじめる。
「まぁ、そうだろうね。君は今、特に不自由のない生活をしている。満ち足りたとは言えないかもしれないけれど、寂しくなる理由もない。孤独なわけでもない。いや、本当は孤独と言えるかもしれないけれど、少なくとも一人ぼっちではない。悲しいことがあったわけではない。
 でも、君はなぜか――そう、例えば夜寝る前とか、家に帰る途中とか、朝起きた時とかに、突然寂しくなる。理由のわからない悲しさに襲われる。そうだろ?
 そうしてそれに耐えられなくなった時、君はここに来る」
「わからない」
「君は本当に悲しくなっているのか、それともそんな気がしているだけなのか、悲しくなっているとしたら何故なのか、それすらもわからない。
 ただ雨が降れば自然と水が溜まるように、君の心の中が悲しみで満たされていくだけだ。悲しみの理由も、何もわからずにね」
「そう、かもしれない」
「例えるなら怪我をしているのに気付いていないような物だ。君の中からはどんどん血液が流れ出ていっているのに、君はそれに気付かない。さらに血液は流れ続け、君は理由もわからず倒れることになる」
「倒れる? 死ぬってこと?」
「だから君は時々こうやって、『輸血』にくる。血液を補充しにね。
 でもそれは対処療法にすぎない。どんなに輸血しても、傷口をふさがなきゃ、血は流れ続ける」
僕はけが人のようなものだということか。
そしてこうしている間にも血は流れ続けている。
「どうすればいいの? どうすれば血は止まる?」
僕が何かを失い続けていることは、安易に認められた。いや、失い続けているという表現は適切ではないかもしれない。きっとそれは、既に失われてしまっていて、それが無いから僕は血を流し続けているのだろう。
「まずは君の悲しみの理由を探ることだね。ただ、これは難しい。病気に例えるなら、悲しみは発作みたいなものだ。発作には何らかのきっかけがある。だが、君の悲しみには特定のきっかけのような物は存在しない。定期的に発作がやってくるわけでもない。あるいはきっかけとなる物に気付いていないだけかもしれないが、とにかく現時点では、君は突然発作に見舞われ、そして突然その発作は収まる、その繰り返しをなんの法則もなく繰り返している。現に――」
そこまで話して男は突然僕の目の前から消えた。
と同時に、僕の中に巣くっていた悲しみも嘘のように消えていた。


あの男は、そしてあの悲しみはなんだったのだろう。今は嘘のように感じない。だから僕はこれ以上続きを語ることは出来ない。
いつかまた悲しみが襲ってきたら、あの男から再び話を聞くことは出来るかもしれないけれど。

ケース2

「いるんだろ。出てこいよ。気付いてるんだから」
誰かはわからないが、確実に部屋の中にいる『侵入者』に向けて声を発する。
おそらく押し入れあたりに隠れているのだろう。風呂場の戸は開いたままだし、トイレには誰もいなかった。隠れられるところといえば、あとはそこしかない。
そして、部屋からは確実に人がいる気配がしている。
「俺が開けてもいいけど、どうせ押し入れだろ。出てこいよ。今日はもう外出する予定もないから、俺が出かけた隙を見て逃げるなんてことも出来ないぜ」
本当は自分から開けるのが怖かっただけだが、このまま気配を感じながら寝るなんてのもごめんだった。
「早くしろよ。バレバレなんだよ」
徐々に声が荒く、大きくなっているのを自覚する。大丈夫、恐れてはいない。ただあきらめの悪い『侵入者』に苛立っているだけだ。
「五秒以内に開けなければ、出てきた瞬間問答無用でぶん殴る。早く開けろ。五――」
台所の包丁を手に持つか迷ったが、もつれ合いになったり相手に奪われた時の危険を考えてやめることにする。
「四、三、――」
そこで観念したのか、押し入れが開く。
中からは血走った目の男が、息を荒げながら出てきた。
両手で包丁を握りしめている。
ヤバイと思った時には遅かった。大声を出す間も無く、僕の喉からは鮮血が迸り、腹は何度も刺され、抵抗せねばと思った時には指一本動かせなくなっていた。
痛いというより熱かった。
倒れた僕めがけ、男は何度も何度も包丁を振り下ろし、突き立て、肉を抉り骨を砕き内臓が畳の上に飛散し、血は天井をも赤く染めていた。
僕の腹部からは体内に残っている臓器が半分ほど見え隠れし、それはさながら学校に置いてある人体模型のようだった。
僕は僕の体にもうねうねと曲がりくねった腸があることを、自分の目で確かめ、消化しかかったハンバーガーの残骸を見て、内臓器官が働いていたことを知り、腹から口まで裂かれることで、食道から大腸までは間違いなく一つの繋がった管なのだということを確認した。
ただ力任せに包丁を振り回していた男は、次第に巧みに包丁を扱うようになり、まるで解剖でもするかのように僕を切りはじめ、やがてプラモデルを分解するかのように四肢を切り刻みはじめた。
僕の手足はバラバラにされ、胴体はへそのあたりで上下に分断され、そこからだらしなく、ひものような腸が垂れていた。
これじゃ五体不満足だな。と不謹慎なことを考える。
でも、まだ十分じゃないかもしれない。まだ首を切り落としていない。
だけど、それは最後のお楽しみ。まだまだもっと体を切り刻んでからのお楽しみ。
顔に包丁を突き刺すのは抵抗があった。頭にも。
だから体を切り刻む。満足するまで切り刻む。
僕は台所の包丁を手に、血走った目で何度も何度も僕を切り刻んだ。
そして肉片をゴミ袋に入れ、押し入れにしまい込む。
最後の儀式に余計な物はいらない。
思い切り勢いをつけて、一発で首と胴を切り離す。
胴を押し入れに入れた後、ふすまを開けたままにして、思い切り押し入れの中めがけて首を蹴り飛ばす。
無事入ればそれで成功。入っても勢い余って出てきてしまったら失敗。
でも大丈夫。もう何度もやっているけど、一度も失敗したことはない。
今回だって、ほら、無事成功。
そうして僕も押し入れに入り、転がった首で遊び続ける。
また僕が帰ってくるまで。

ケース3

すぐに思い直す。
トイレの電気は、僕が夜中にフラフラと夢遊病患者のように点けただけだ、と。
僕自身は納得出来ないけど、きっとこれが一番みんなが納得する理由。


ここまでわかれば、これまでの経緯からして、もう安心。安全。
精力的に活動して、力が余りすぎて攻撃的になって、反動で堕ちていき、深い深いところからの悲しみに侵され、登るのが面倒で堕ちた自分に怒りを感じ、そして登り切ればそれでお終い。
だから安心。安全。


しばらくは、トイレの電気が勝手に点くことはない。


でも僕は知っている。
こうやってやり過ごしているだけじゃ、何の解決にもならないことを。
そして同時に、やはり僕は知っている。
解決するだけの気力も、最早僕には残っていないことを。


明日もトイレの電気が点いていたら、僕に抗う術はない。

ケース4

「まだ帰ってこないの?」
「遅くなるんだろ、きっと」
「いい気なものね。好き勝手にフラフラと」
「まぁ、そういう権利を持ってるのは奴だからな。それが気に入らないなら、権利を手放さなければ良かったろ」
「そういうわけにもいかないのは知ってて言ってるでしょ? あなたは理不尽だと思わないの?」
「俺の場合、好きで手放した権利だからな」
「ただ権利を持つことに耐えられなかっただけのくせに」
「それを言ったらみんなそうだろ。奴以外はさ」
あいつだっていつまで保つことやら。どうせまたすぐ手放して、それでお終いよ」
「かもしれないな」
「大体こうやって会話しているところにあいつがいないのが不満だわ。自分は関係ないとでも思ってるんじゃないの?」
「でも、関係ないといえば関係ないしなぁ。他の奴だって興味ないから、俺たちしか集まらないんだろ」
「じゃぁあなたは興味があるから来てるんだ?」
「別に……興味はないけど、他にすることもないしな。時間はいくらでもあるんだから」
「そうね。でも、その時間を無くすために今こうして話しているわけだけど?」
「まぁ実際のところどっちでもいいのさ」
「あんたも気に入らないわ。あいつもむかつくけど、あんたのそのスカした態度も同じくらい嫌い」
「俺もお前のそのわざとらしい女言葉が嫌いだ。自分の性的コンプレックスを見ているようでね」
「そう。気が合うわね」
「そりゃあな」
「でもあんたはいいわよ。オリジンである可能性が残されているんだから」
「そうかな。今までのケースから見て、それは無いと思うね。オリジンは間違いなくあの子だよ」
「ま、多分そうでしょうね。といっても私は話したことすらないんだけど」
「俺だってそうさ。でもみんな彼を知っている。みんな薄々気付いているし、彼だって気付いているだろう。ただもう戻る気はないというだけで」
「それってあいつのせい?」
「どうだろうな。誰かのせいというなら、多分みんなのせいというのが適切だろう」
「しかし、こんな会話他の人が聞いても意味不明でしょうね」
「だろうね。比喩といえるレベルを超えている。もっとも、こういった形でしか話せないのも、彼の意志なんだろうけれどね」
「私はあいつの意志だと思うけど。結構うじうじしているところあるし、いやらしい奴だよ」
「まぁ半分はそうだろうけれど、彼もまたその繊細さ故に救いを求めているのは確かだよ」
「繊細だなんて、物は言いようね」
「長くなりすぎたな。彼が帰ってきたようだ」
「そうね。帰りましょう。ただ、私たちが来ていたという証を残していかないと」

真面目な話

二日連続トイレの電気が点いてた。
素直に怖い。

それとこのタイプで書いたな、と思いだした。

まぁこんだけ長く書けば読む人もいないだろうから、いいか。