そんなわけで2月9日の話。

2月9日の話。あるいは2月9日の敗北について。


http://d.hatena.ne.jp/ma_zu/20090209/p1 ここでこんなことを書いたら、その日の内にid:takerunba卿からメールが来たので、会ってきた。
書いたその日にメールをしたら、すぐに返信が来て、「いつが都合いいですか!」「明日なんてどうですか!」「じゃ明日の夜に!」って感じだったので、「正直この人はアホなんじゃないだろうか」と思った。今月中にでも〜ってなると予想してたのに、エントリ書いて24時間経たない内に会ってるとは。
まぁ、早けりゃ早い方が良いし、快く会うことを承諾してくれたので、会ってきた。

敵を知らずして

敵のことを知らずに戦うほど無謀ではないので、メールのやり取りをして、会うことが決まってから、延々id:takerunba卿の日記やサイトを見た。*1


で、まぁ会ったわけだが、一般的なオフレポを目的として書くわけではないので、会うまでの経緯やどこで会って何したとかは置いておいて、実際に話をして感じたことや考えたことを中心に書こうと思う。

根本の違い

自分からidコール飛ばしてメールしておいてなんだが、そもそも会う前から「タケルンバ卿とは会ってもしょうがないなぁ」と思っていた。
これは別に、タケルンバ卿の人間的魅力がどうこうという話でなく、そもそもの主旨である「俺らオフ充! お前ら外野はギャーギャー言ってるけど、ようはけまらしいだけなんでしょ?」というタイプの人間に、「ちっげーよボケ!」ってのをわかって貰いたいって点が、タケルンバ卿相手には意味がないと思ったからである。
というのも、タケルンバ卿は、「オフ出たくない人もいるだろうし、人それぞれだし、そういうのがイヤな人もいるだろうね」というスタンスなので*2


俺「というわけで、オフ充けまらしいとかじゃなくて、はてなの雰囲気みたいな物が崩れちゃうのがイヤなんですよ」
タケルンバ卿「まぁそういう考えの人もいるだろうね」


で終了してしまうのが予想出来たためである。
それでも、話をして他にも考え方の違いを確認できたので、その辺を中心に。

タケルンバ卿の日記について

前述したとおり、会う前にタケルンバ卿の日記の記事を、最初から全部読んだ*3ので、当日は「俺ほどタケルンバ卿日記を読み込んだ奴はいないんじゃないか」くらいのつもりで会った。
その上で、「け、けまらしいわけじゃないんだからね!」って話は、「けまらしいわけじゃないんですよ」「そうですか」で終わるのが予想出来たため、タケルンバ卿のダイアリー中心に質問してみた。
タケルンバラブな人は、是非どうぞ。そうじゃない人は読んでもつまらないと思う。

2006年8月頃から更新頻度上がってるけど、何かあったんですか?

タケルンバ卿の回答「いや、特に意識はしていない」
他、プライベートで時間が取れるようになったため、更新頻度が上がったのだろうとのこと。

2007年8月にブクマ集めた記事以来、ブクマ(読者)を意識したような記事が増えてますが?

タケルンバ卿の回答「いや、特に意識はしていない」
ただ、自分の関心ある話題に再び触れたり、レスポンスを貰って再び関心を持って書くことはあるらしい。

2008年からそれまでに比べはてなの話題や時事ネタが増えてると思いますが?

タケルンバ卿の回答「いや、特に意識はしていない」
ただ、やはりプライベートで時間が取れるようになったり、興味や関心の移り変わりで自然とそうなったのかもしれないとのこと。

穿った見方ですが、アクセス数等を意識して書く内容が変わったように思うんですが?

タケルンバ卿の回答「いや、特に意識はしていない」
基本書きたいことを書いているので、特に意識はしていないとのこと。

こんなに毎日書いていて、義務感が生じてイヤになったりはしませんか?

タケルンバ卿の回答「いや、特に意識はしていない」
いわく、最早日課になっていて、風呂に入るくらい当たり前にブログを更新するので、イヤになったりはせず、むしろ書かないと気持ち悪いとのこと。


総じて、「ホントかよ。意識してる部分もあるんじゃねーの?」という疑いは残ったが、それじゃ「違うっていくら主張しても、一度そう思いこまれたら〜」って話になってしまうので、ひょっとして毎日ブログ書いてそれなりにアクセス集めて、それでも変わらず毎日書き続ける人は、こんな感じなのかもなーと思った。


あと、タケルンバ卿いわく、「毎日書くことは絶対大事」だそうです。
毎日書くから、人が見に来てくれて、毎日書くから続けられるとのこと。
卿も読者を全く意識していないわけではなく、ただ、読者を意識して書く内容を変えたりまではしないだけで、上記の質問に関しても、「特に意識はしていないけど、無意識の内に影響されてはいるかもしれない」とのことでした。
オフレポに関しても、「イヤな人がいるのは申し訳ないけど、他のことも書くから許してよ」と。

そもそもの話

で、まぁ上の内容見て貰えばわかるように、僕7:タケルンバ卿3位の配分で僕が喋りまくったわけだけど、やっぱりそもそもの話は外せないので、「オフレポウゼー!」話もした。
それに関しては、「ウザイと思う人には、申し訳ないとしか言えない」とのこと。
ただ、「よそでやれよ」とか「はてなでやらないで」とか「ホットエントリ入って目につくのウザイ」とか、「はてなの空気変えないで」とかの話には、

  • そもそもはてなで出会ってオフしてるわけで、よそでやる理由がない
  • 空気を変えるつもりもホットエントリに入るつもりもない
  • そもそもオフ頻繁にやってる人なんて極一部
  • ただ、やってみたいけど怖くて出来ないという人は、これからも積極的に誘っていく

とのこと。


まぁ、結論を言うと、
会うしかないので会ってきた - タケルンバ卿日記
ここでも言われているけれど、やっぱり前提が違うんだなぁ、と。


ただ、どうしても納得出来なかったのは、「意見と人格は別」というのを、万人が実現出来る(あるいは最低限タケルンバ卿の周囲の人間は出来るはず)と思っているらしい点。
僕も「意見と人格は別」であり、「好きだから、あなたの言ってることに賛成する」「嫌いだから、あなたの言ってることに反対する」ってのは、好き嫌いの話ならともかく、意見を述べたりする場じゃダメだろ、と思ってるタイプなのだけど、どーも世の中そんなに甘くはないようで、「自分の意見を否定される=相手は俺が嫌い」とか思うアホもとい素直な人が多いってのが、僕の実感である。


そもそも、優れているか否かとかと、好きか嫌いかとは相関関係にはあってもイコールではないわけで、「俺はアニメのlain好きだけど、アレは話が纏まっていない上に、投げっぱなしがカッコイイと思っているフシのある、一部にしか支持されないアニメだよね」ってのは、全然成立する主張なわけである。
ところが、世の中「好き=優れている」と思っている人が多いのか、相手の好きな物・事の欠点を指摘するのはタブーとされているようである*4
そもそも、「自分が好きな物=優れた物」だなんてアホな考えさえ起こさなければ、自分が好きな物の欠点を言われても腹は立たない*5と思うんだが。


というわけで、僕は、「オフ等で仲良くなってしまうと、率直な意見の言い合いが(ブログ上などで)出来なくなる。だから(ブログ上等で意見を交わす可能性のある人とは)オフしたくない」と主張したわけだが、タケルンバ卿としては「オフで会ったとしても、何も変わらずブログ上で意見を交わせる。そもそもそれが出来ない人は、自分の周りにはあまりいない(いたとしても自分とは会わないから淘汰される)。それに自分の周りにいる人は、たまたま他人の意見を否定したりするタイプの人がいないので上手くいっている」との主張なわけで、まぁどっちが正しいとかではなく、前提が違うので噛み合わないのである。
僕はこの上で、「はてなの人がオフ等で頻繁に会うようになったり、そういう雰囲気になると、今のように罵倒にも近い言い合いの雰囲気が消えてしまう。そういう雰囲気というのは希少なので、好き嫌いに関わらず、希少な物は保つべき。きゃっきゃうふふするなら、はてな以外にもそういう雰囲気はいくらでもある。だが、はてなのような雰囲気は少ない」とも思っているわけだが。
それにしたって、はてな自体が「ユーザー数を増やそう」という方向になっている以上、その希少価値ある雰囲気というのは、はてな自体が放棄しているわけである。
その意味で、タケルンバ卿との会談で、僕は完全な敗北を喫したと言える。


結局のところ、
「きゃっきゃうふふ出来る場所は他にもあるから余所でやれ!」
はてな「ユーザー増やしたいんで」


「オフで会って仲良くなっても、率直に意見を言える人は少ない! 率直に意見を言える今の雰囲気は大事!」
はてな「ユーザー増加が第一です」


はてなの希少価値ある雰囲気を壊すな! この雰囲気が失われたはてなは、最早我々の忌み嫌うmixiと一緒だ!」
はてな「別にお前らみたいなキモイ連中いなくなっても、一般ユーザーいっぱい増えれば問題ないよ」


というわけで、完敗です。


丁度一ヶ月経って、メモを元におぼろげな記憶で書いているので、間違い等あるかもしれません。

*1:要点になりそうな所はメモって持参したのだが、上手いこと全部を聞けず、僕の悪い癖が出てくだらない話を延々してしまったのは心残りではある。

*2:っていうか殆どの人はそういうスタンスだろうけど

*3:途中ある程度流し読みしたが

*4:まぁ好きな物の欠点言われたら気分を害するって理由なんだろうけど

*5:ただしそこに悪意がある場合は別である