図書館にて

月曜日、僕は図書館にいた。徹夜明けのまま、その日の内に提出しなければいけないレポートに、マイマイカブリのように必死に取り組んでいた。
火曜日、僕は図書館にいた。翌日の試験に向けて、ただひたすらにプリントの語句をノートに写さなければいけなかった。まるで女の子が一本一本無駄毛を処理するときのように。
水曜日、僕は図書館にいた。やはり徹夜明けのまま、次の日の朝までに書き上げなければいけないレポートに追われていた。終わりは見えない。だけど終わらせることは出来る。期待の文字数に達したら、適当なところで筆をおけば、それでいい。けれど、いつだって、「ここが終点」と言えるようなところまで辿り着くことはなかった。終着駅は見えない。途中下車は出来る。停車中に降りてもいいし、走る列車から飛び降りてもいい。でもこの日は、僕が降りるよりも、図書館が閉まる方が早かった。レフェリーストップ。あるいは引き分け再試合。
そして木曜日、僕は図書館にいる。しなければいけない何かのためにではなく、全てを終わらせたあとの余韻として。ここでいったい何冊の本を借りたか思い出してみる。せいぜい年間五十冊程度だろうか。その中には、仕方なく読んだ本もあれば、好んで読んだ本も、部分的に読んだ本も、読まないで終えた本もある。
この図書館には、会話が溢れていた。僕はそれがたまらなく嫌だった。この図書館には、本を読む以外の目的の人が多かった。僕はそれもたまらく嫌だった。テスト前だけ混むのが嫌だった。学生が集まって騒がしく携帯ゲームをしているのが嫌だった。パソコンを占有して動画サイトを見ているだけの連中が嫌だった。
でも、恐らく僕は、あと少しでここに来ることはなくなる。それが悲しいのだろうか。あるいは嬉しいのだろうか。わからない。何度自問してみても僕の中から出てくる答えは、「わからない」だった。あるいは僕の中は空っぽ、全くのゼロの状態だったのかもしれない。
だが、僕にとってこの図書館が何らかのsymbolicな意味を持つとは考えられなかったし、このままここに居続けても何かが変わるとは思えなかった。
だから僕は、「やれやれ」と一言呟くと、読んでいた本を持ってカウンターに行き、左目の下に黒子のある女性に貸し出し手続きをしてもらった。あるいは左目の下に黒子のある女性に貸し出し手続きをしてもらうことに、意味はなかったのかもしれない。だがそのとき僕は、僕の隣の女の子が、新着図書を片っ端から順に目を通していることと、貸し出し手続きをした女性の左目の下に黒子があることに、親子のような繋がりを感じていた。何かが始まる予感というのは、いつだってこんなところにある。



結局その後は、何も起こらなかったよ。新着本の棚の前でしゃがみこんだ女の子が、高いヒールの靴を履いていたせいで尻餅をついたこと以外ね。
大体ここから何か物語が始まるとでも思ったのかい?
僕は別に、何の予感も感じていなければ、何の感慨もなかったさ。ただ、村上春樹のインタビュー集を読みながら、あの色眼鏡が似合わないトンチキな奴を待っていただけなんだから。
こんな書き方をしたのだって、それを一冊読み終わるくらい待ってるってことがわかるようにってだけで、実際僕は隣の子が結局新着本を二時間吟味して、十冊借りていったなんてこと、どうでもいいのさ。
ハッ、まぁ、ご立派だとは思うけどね。なんせ、二時間だぜ? 二時間。何しろ奴さんと来たら、僕が春樹のインタビュー集を読み終えて、これを書いてる間も、ずっと新着図書の棚の前で、一冊一冊吟味してるんだから。
でもこれでこの話はおしまい。
ああ、もし君が、何かに感傷を感じていないとしても、例え嘘でも感傷的なことは書かない方がいいぜ。きっと書いてる内に、なんだか自分が本当に感傷的になってる気がしてきちゃうもんなんだから。