羅列

窓から見える煙突からは、今日も煙が吐き出されている。
それを見ながら煙草に火をつける。
体に悪いとわかっているのに火をつける。
きっと同じ。
煙突も、僕も。
体に悪いとわかってるのに煙を吐かずにいられない。
あの子が試験に合格したらしい。
良かったね。
久しぶりの会話で伝える祝辞。
何が良かったのだろう。
少なくとも、一時でも僕には彼女をそれ以上に「良かった」と言える程にできる権利があったのに。
それでももう一度。
良かったね。おめでとう。
もう僕には祝いの言葉を告げる事しか出来ないから。
当事者から部外者への転換。
引っ越すんだ。
彼が言った。
そう。
短く答える僕。
僕はもう、東京にいない。
そして彼も今、東京から離れようとしている。
どんどんみんな引っ越していくね。
どうにもならないけれど口にする。
停滞する僕の意識と、流転する世界。
――貴方は何ですか。
僕は僕です。僕は僕であるという一点において独自性を保ち、それ故独立した存在として自己認識出来るのです。
――貴方は何になりたいのですか。
何にもなれません。僕は生まれたときから僕なのです。生まれてから死ぬまで、僕は僕であり続ける以外に道がないのです。その身でありながらこれ以上何かに為るなどどうして望めるでしょう。
――貴方は絶望しているのですね。それを受け入れるのですか。
これを絶望と呼ぶのなら、僕の前には生まれたときから絶望しかありません。受け入れ難い真実でも、生まれたときからそれしかなければ、受け入れないという選択肢自体が存在しないのではないでしょうか。
――つまるところ、貴方は何も望んでいないのですね。
望みはあります。夢も希望も。でも、それが望んでも得られない物である事を知っているだけです。
――貴方の周りには夢を得ている人もいませんか。
います。夢を叶え幸福という名の物を手にしている人達が。でも、それは彼らの夢が実現可能な物だったというだけの事です。
――貴方の夢は、実現可能ではない高尚な物だと言うのですか。
それが高尚だと言うつもりはありません。ただ、たまたま彼らの夢は彼らの能力で実現可能で、たまたま僕の夢は僕の能力では実現不可能だった。それだけです。たまたまコインで裏が出たか、表が出たかの違いしかありません。そこに高尚かどうかなど関係ないでしょう。
――では貴方はその分不相応な夢をどうするのですか。
誰も僕の思考の邪魔は出来ません。僕は僕の脳内において、これまでも、これからも、この夢を叶え続けるつもりです。
――つまるところ、貴方はあくまで内向的に夢を抱き、夢の中で夢を叶えていくということですね。
その通りです。
――貴方は世界にとって、社会にとって、無価値です。
自覚しています。
――では貴方と話す事は何もありません。今の法では閉じた貴方を閉じているからという理由で裁くことはできません。でも、法とは無関係に、貴方は無価値です。
その通りです。僕は、僕という存在は、法や倫理により無価値だと定められるのではなく、ただその方向性が内側に向かっている故に無価値なのです。
――雄弁ですね。でももう時間です。
空っぽだからこそ空虚な言葉がいくらでも出てくるのでしょう。それではごきげんよう