柵と浮世

生まれたとき、彼は家族を手に入れた。入学したとき、彼は教師と学友を手に入れた。就職したとき、彼は職と同僚を手に入れた。
だが、それら全ては手に入れたと同時に彼の枷となった。
彼は色々なものを捨ててみた。どこまで捨てられるのか。自分はどこまで自由になれるのか。結果様々なものが彼から切り捨てられた。彼は自由だ。だが、同時に彼は様々なものを失った。
喪失する痛みに慣れ、何も感じなくなった頃、彼はどうしても捨てられないものがあることに気がついた。
彼は、彼という自身の枠からはどうしても抜け出す事が出来なかった。
彼は泣いた。決して捨てられないものがあるという不自由さが哀しくて泣いた。
同時に彼は、決して捨てられないものがあるという不自由さが嬉しくて泣いた。
「僕は絶対に自由にはなれない。でも同時に、僕は絶対に全てのものから捨てられる事はない」
その事実が、彼にとってどれほど役に立ったのかは知らない。