かくもうつろいやすく

亡霊が出るというお屋敷をキャタピラが踏みつぶして
来春ごろにマンションに変わると代理人が告げる
また僕を育ててくれた景色が呆気なく金になった
少しだけ感傷に浸った後
「まぁ それもそうだなぁ」
〜ランニングハイ〜

子供の頃、根拠も無く僕の周りの世界は不変だと思っていた。
もちろん細かく見れば変わっていく。でもそれは本当に少しずつの変化で、起きてしまっても「ああそうか」と思えるだけの、想定の範囲内の出来事ばかりだった。
でも何故か、僕の暮らしている家、過ごしている場所は僕が生きている限り無くならない物だと思っていた。
僕がかつて住んでいた所が消えたらしい。人づてに聞いた。
まだ実感は湧かない。消えるはずがないと思っていたから、消えたという事実がどういうことなのか認識できていない。
祖父が死んだ時にも祖母が死んだ時にもクラスメイトが死んだ時にも教師が死んだ時にもその他様々な知人が死んだ時にも、僕は「ああそうか」と思うだけだった。
人は死ぬ。
でも、家も死ぬんだという事実を、この歳になって初めて突きつけられた。
ああそうか。僕は喪失するのが嫌だから、手に入れる事をも拒んでいたんだなぁ。
何時の間にこんなに上手く自分を騙せていたのだろう。
きっと時間をかけて、何年も何年もかけてちょっとづつ自分を騙していったのだろう。
手に入れたいと思わなければ、失った事にはならない。失う事が無ければ哀しくならない。だから僕は何も要らない。何も欲しくない。
僕の前から何かが消えたとしても、それは僕の欲しかった物ではないから、僕は喪失感なんて抱かない。
何年もかけてこんな魔法をかけ続けて、いつしか本当に欲しい物は何なのかすら自分でもわからなくなって。
滑稽と笑われるだろうか。