2501年の空からこんにちは

[嘘日記]は気分転換にお奨め

 二年ぶりの『出勤』は、二年ぶりの実戦となった。
 向こうは二機。こちらも同じく二機。おそらく、偵察に来た奴とたまたま鉢合わせしてしまったのだろう。
 数が同じなら、腕がある方が勝つ。
 二年のブランクが少しの不安要素ではあったけど、敵機がノーズの長い『カブトムシ』だったのと、早々に増槽を落としたのを見て、多少気が楽になった。どうやら機体・パイロット共にこちらが有利なようだ。
 早々に増槽を落とすのは、マニュアルに忠実な奴か、敵を見て気が急いている奴か、生きて帰る気がない奴か、だ。いずれにせよ新人であるか自殺志願者であることに違いはない。
 僚機が翼を振って、合図を送ってきた。左手でスロットルを開ける。

 ブランク明けのパイロットと、新人の敵機。どう考えても、楽しいダンスにはなりそうにない。

 そんなことを考えながら、右手で操縦桿をゆっくり左に倒し、引き上げて行く。
 エルロンとエレベーターが素直に反応し、機体はゆっくりと左旋回を始める。悪くない。クセのない機体だ。心配していた過給器によるレスポンスの低下と、低速でのトルクの低下も、思っていた程ではなかった。
「二対二ね。援護要請は出したけど、仲間が来るまで待てません。交戦します」
 僚機から無線が入る。援護要請を出しても、今から上に来るまで10分はかかる。いい判断だ。
「了解。敵さんの『カブトムシ』相手なら、10分間逃げ続けるより、交戦する方が楽だ。そりゃ一番いいのは向こうが逃げてくれることだけど……向こうにその気はないみたいだしね」
 喋りながら、敵機を確認する。
 敵は二手に分かれ、左右に大きく旋回していた。
 こちらが左に旋回したのを見て、左の奴がその外側から回り込んでくる気だろう。
「そちらの一機を頼みます。無理はしないでいいですよ。着任早々死なれちゃ堪りませんから」
 軽口を叩きながら背面を見せて旋回している僚機を尻目に、こちらも旋回を続ける。
 この距離なら、あと10秒もしないうちに交戦が始まる。


――兵役を終えた後、自ら希望してここに戻ってきた僕に、多少なりとも世間は好奇の目を向けた。どうやら、世間とやらにも、まだその程度の余裕はあるらしい。
「なぜ軍に戻るんですか?」
 ここに戻るまでに、もう何度こんな質問を受けただろう。その度に僕は、曖昧な答えで誤魔化して来たと思う。
 なぜ空へ戻るのか。
 こればっかりは、空を知らない奴にはわからないだろう。
 空で生まれ、空で死ぬことを望み、空でしか生きられない、そんな人間が、きっとこの世界にはいる。僕もその一人だったというだけのことだ。

 たった二年の間に、僕がかつていた基地は大きく様変わりしていた。
 僕が乗っていた機体は既に時代遅れになっていて、基地にある機体のエンジンには全て過給器が取り付けられていた。基地司令官も変わっていたし、メカニックも大半は僕の知らない人間だった。
 極めつけは、パイロットの殆どが女性に変わっていたことだろう。話で聞いて知ってはいたが、僕の顔なじみのパイロットたちは、殆どが退役したか、あるいは戦死していた。
 なんでも、空間認識能力や視野の広さ、また長時間の飛行においても、女性の方がパイロットに向いているという理由で、軍の半数近いパイロットが女性に替わったという話だ。
 赴任の挨拶を終え、皆に軽く紹介された後は、歓迎パーティとなった。
 これも僕がいた頃では考えられない話だが、なんでも戦況が芳しいらしく、最近ではこの程度のことなら許されるらしい。
 そうして翌日から僕は先任者の女性――確か可奈子という名前だったと思う――と共に哨戒任務に就き、その初出勤で見事に敵と遭遇している、というわけだ。


 彼我の軌道は相変わらず。それぞれ半円の反対側から出発し、互いの中間地点まで進み続けている。ただし、敵は僕よりも幾分半径の大きい半円の上で。
 このまま行けば、敵は僕とすれ違い、そして外側を飛んでいた敵は一気に内側に方向転換し、半円を描き続ける僕の後ろにつくだろう。
 もちろん、ただ黙ってやられるために飛んでいるわけじゃない。向こうの狙いがわかっているなら、ギリギリまでそれに乗ってやればいい。
 案の定、敵は僕とすれ違い、そして急旋回して僕の後ろにつこうとしてきた。
 あと4秒、3、2……。
 敵が機銃を撃つ、その1秒前に、僕は操縦桿を全力で手前に引く。
 機体が急激に上昇し、タタタタタタッという音と共に、1秒前まで僕がいた場所を敵の弾が通過。
 僕はそのまま操縦桿を引き続け、背面飛行へ。
 敵はといえば、僕の後ろにつく時に急旋回したため、上昇して追ってくる程の速度も逃げ回れる程の速度も残っていない。
 キャノピーの天井から敵機の位置を確認。操縦桿を引き続け、左手でスロットルを絞り、そのままループへと持って行く。
 降下しながらラダーを踏んで微調整。雪雷は機体が軽いからこれが出来る。だから好きだ。カブトムシではこうはいかない。
 必死に旋回して逃げようとする敵に狙いをつけ、右手で短く機銃を撃つ。と同時に、周りを確認。
 見ると、可奈子も敵を墜とした後なのか、こちらに向かってくる途中だった。
 改めて敵機を確認する。どうやら右翼の付け根に被弾したようだ。しばらくは飛べるだろうけれど、基地までは戻れまい。

スカイ・クロラ映画化

ってことで書いたけど、どうにも長くなりそうだったので途中で終了。
押井が監督かぁ。怖いなぁ。
すっげー面白くなるか、すっげー原作無視になるか、すっげーつまんないかのどれかなんだろうなぁ。