7月21日火曜日。僕は雨に打たれながら歩いていた。

7月20日、月曜日、午前2時頃。駅前の松屋に、うまとまハンバーグ定食を食べに行った。夏のキャンペーンだかで、80円引きの500円だった。
7月21日、火曜日、午前1時頃。駅前の松屋に、豚めしセットを食べに行こうとした。そう、食べに行くはずだった。


階段を降りて駐輪場に着いたとき、異変に気づいた。
ない。そこにあるはずの自転車が、ない。
「やられたっ!」即座に最悪のパターンを想像する。
どうせ盗まれないだろうと高を括って、鍵をかけていなかった。盗もうと思って盗まないと、盗める自転車じゃない。
ピンディングシューズを用意しなければ、ただの漕ぎにくい自転車だ。買ったときの価格は10万を超えるとはいえ、今では下取りに出しても価格がつくどころか、処分する手数料を取られるだろうに。
しかし、ボロボロであるということは、それだけ長い間乗っていたということである。あの自転車に乗って、一体何キロ走っただろう。10年前のアルミフレームをだましだまし、よくここまで乗ってきたな、と思う。だが、後一年はがんばって貰いたかった。買い換えの予定もあったし、あと一年乗れれば……。
おそらく犯人は、数日も前から計画していたのだろう。トラックで来たか、あるいはピンディングシューズを持って来て、乗って行ったか。あんなボロボロのロードレーサーを。
どちらにせよ、今ここに自転車がないのは事実だ。


がっくり気落ちしていると、自転車のメンテスタンドがきっちりと壁に立て掛けられているのが目に入った。
おかしい。
仮に自転車泥棒が自転車を盗んで行ったとして、メンテスタンドをきちんと壁に立て掛けるだろうか?
僕だったらそうはしない。自転車を盗ったら一目散に漕いで逃げるだろう。あるいはメンテスタンドも一緒に持って行くかも知れない。
だが、メンテスタンドは、僕がいつも置くのと寸分違わぬ位置に、いつも通りに置かれていた。
とすると、違った可能性が出てくる。
盗まれたのではない。これは最後に僕が乗ったのだ。そして、それを忘れて、今ここにいる。
最後に自転車に乗ったのはいつだ? 土曜日か? いや、最後に出かけたのは月曜日だ。昨日、松屋にご飯を食べに行ったとき、自転車に乗って行かなかったか?
いや待て、歩いて帰ってきたのは覚えている。夜の街を散歩気分で歩いた記憶がある。


とすると、僕は、自転車で松屋に行って、自転車で行ったことを忘れて、歩いて帰ってきたのか? アホか俺は。


逸る気持ちを抑えつつ、駅前の松屋に向かう。果たしてそこに、自転車は無かった。
昨日駐めたであろう場所には、何もない。五回ほど往復してみたが、やはり何もない。
お腹が空いているのと慌てているから見つからないのだろうと、松屋に入ってご飯を食べて、それから探しても、やはり何もない。
そこで、電柱にある看板に気がついた。
そこには「7月20日、自転車撤去しました」の文字。
なるほど。おそらく自転車は撤去された。今はそう考えよう。盗まれたと考えるよりも、その方がまだ救いがある。
だがなぜ。なぜよりによって7月20日なのだ?
僕はこれまで、一度も駅前に自転車を放置したことはない。せいぜい、コンビニに寄っている間自転車を駐めたことがある程度だ。
だが、なぜよりによって、今日。
そして、なぜよりによって撤去のある日に、自転車を置き忘れるのだ。


その後、朝起きると雨が降っていたので、自転車を取りに行くのは諦めようと思ったのだけれど、昼休みには止んでいたので、昼休みを利用して取りに行った。
返還の際、手数料として3000円を徴収された。財布には残り3052円しか入っていなかったのに。
お腹が空いたのと、無性に悲しくなったので、コーヒー牛乳とパンが食べたかったけど、お金が無かったので諦めた。
自転車に乗って帰ろうとしたら、また雨が降ってきた。それも本降りだった。
ファミリーマートSuicaが使えたので、お金が無いからSuicaで買って食べた。すこししょっぱい気がした。涙の味だった。