ハルキスト的日記

良くも悪くもネタに使われやすいハルキスト的文章。
今日の出来事を多少誇張して記してみる。

土曜日の朝、僕は携帯電話の着信音で叩き起こされた。
僕にとって目覚まし時計が鳴る前に起こされることは、決定的敗北に等しい。
やれやれ。一体誰が好き好んで土曜日の朝に電話をかけてくるというのだ?
通話ボタンを押すと、男が話しかけてきた。
「おはよう。元気かい?」
声の主が誰なのかを考えている間にも、男は返事を待たずに話し続けている。それはまるであらかじめ録音されたテープを、そのまま再生しているかのようだった。
「悲しいお知らせだよ。いや、嬉しいお知らせかな? どちらにせよ俺が言いたいのは、今日の君のアルバイトは休みになったってことだ。休み。出勤の必要なし。君は望むなら家から一歩も出ないで今日という日を過ごすことが出来る権利を手に入れた」
男が何を言っているのか懸命に理解しようとする。だけど理解しようとすればするほど、言葉は意味をなさない物になっていった。僕にかろうじて理解できたのは、今このまま電話を切って目覚まし時計を止めて眠ってしまっても、誰にも責められることはなくなったということだけだ。
「つまり僕が今電話を切ってこのまま寝てしまっても構わないということですか」僕は僕が理解したことが正しいのか相手に聞いてみた。
「その通り。君は、今、電話を切って、そのまま寝てしまっても、構わない」
男は一句一句区切り、念を押すように言った。
オーケー、わかった。僕はこのまま再び眠ってしまっても構わない。
「だがね、もし君が、俺の話を本当に理解したというのなら――いいかい、理解、だぜ――本当に理解したというのなら、君が気にするべきは、君が眠ってしまっても構わないのかどうかじゃない。そうだろ?
それは結果であって今話していることの本質じゃない」
男はまだ話を続けていた。
「そうかな」僕はあやふやな思考でそう答えたが、おそらく男の言っていることは正しかった。
男は決して僕に春眠を貪ることを勧めるために電話をかけてきたわけではない。そのことだけは僕の深い部分で理解できていた。
「結局のところ」男は言葉を続ける。
「君にとってはこのまま再び眠れるかどうかとか、俺が誰なのかとか、そういうことが大事なのかもしれないけどさ、実のところを言うと俺は、そういうことはどうでもいいんだよな」
「そういうものですか」
やれやれ、それは春樹は春樹でも翻訳物で、ホールデン少年じゃないか。そう思いつつも返事をする。
「結果だけ言えば、そりゃ君はこの後眠ってしまっても構わないさ。俺はそこに文句は言えない。でもね、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだよ。わかるかい?」
「ええ、なんとなく」
実際のところ、僕はこのとき男の話なんてまるで聞いていなかった。ただ再び手に入るとわかった眠りの世界のことだけを、僕は考えていた。
だから僕は男との会話が面倒になり、つい投げやりに「今日のバイトが休みになったことはわかりました」と言ってしまっていた。
だが男は僕の言葉に満足したのか、ひとこと「そうか」と返したあと「では」と言って電話を切った。
なんということだ。最初からただひとこと、こう言えば良かっただけなのだ。いや、男は僕がこう言うのをずっと待っていたのだ。
やれやれ、そんなことに気付かないなんて――。
いまさら考えても仕方がない。僕は自分にそう言い聞かせ、目覚まし時計のアラームを解除した後、再び眠りについた。